| Ganko: |
『日本の朝ごはん』が、実質的なデビュー作として考えてよろしいんですか? |
| 向 笠: |
ええ。いわゆる自分の著書としてはそうですね。 |
| Ganko: |
けれんみが無くて、素晴らしいタイトルですよね。この本を書かれたきっかけというのは? |
| 向 笠: |
本を書く以前から、日本中へいろいろなかたちで取材に出かけるようになっていました。旅に出れば、当然宿泊いたしますでしょ?どうせ泊まるのなら、予算内で最高においしい食事が出るところっていうふうに情報を集めたくなるじゃないですか。そういう繰り返しのうちに、能登にある〈さか本〉という小さな宿を見つけたんです。 |
| Ganko: |
『日本の朝ごはん』で、いちばん最初に書かれている舞台ですね? |
| 向 笠: |
そうです。そこの朝ごはんが本当に素敵だなって思って。家庭の朝ごはんというのは、ごくごくプライベートな食卓であって、どんなに親しくとも、たとえ親戚関係であっても、なかなか覗けないじゃないですか。で、その部分を知りたいなあって、自分の中で興味がどんどんどんどん高まっていったんですね。 |
| Ganko: |
それで、〈さか本〉さんのことを。 |
| 向 笠: |
とにかく書きたくなって。でも一箇所だけだと、さか本リポートになってしまうし、他の朝ごはんにも興味がつのってきて・・・。あそこの魅力っていうのは献立を構成している卵であり、海苔であったり、お米であったり、ひとつひとつにおもてなしの心があるところなんですね。よくご馳走っていいますけど、まさしく駆けずり回って集めてきたものを召し上がっていただきたいという心にあふれている。 |
| Ganko: |
いいですねぇ。 |
| 向 笠: |
それと、〈さか本〉さんは親子でやっていらして、もちろん仲がいいんだけれど、息子さんの方が「お母ちゃんのは、くどいしつこい田舎の味だから・・・」といったような親子の率直な言い争いとか、何回かうかがっているうちに素顔の部分が見えてきて。そこの中に入って、女中さんの気分で見ると面白いかなっていう感じがしましたね。向笠版“家政婦は見た”というか・・・(笑)。 |
| Ganko: |
なるほど、あれは女中さんの視点だったんですね。でも、その視点がとても新鮮ですよね。食べ物の本って、どうしてもすました部分だけを描いている場合が多いですもんね。ところで、あの本に登場されている方々っていうのは、とてもよく人間が出ていると思うのですが、取材にはわりと協力的だったんですか? |
| 向 笠: |
いや、それはもうタイヘン(笑)。 |
| Ganko: |
やっぱり。 |
| 向 笠: |
息子の坂本さんって、かなり人見知りで、ある意味で天才で、それゆえ・・・。 |
| Ganko: |
ヘンクツ(笑) |
| 向 笠: |
いい意味で、こだわっている人たちにはそういう一面ってあるでしょ。それに、別に書いてもらわなくたっていいわけで。そこを書きたいというのは、こちらの勝手な希望なわけで。 |
| Ganko: |
ふむふむ。 |
| 向 笠: |
それまでも単なる旅館取材というのはたくさん受けていらっしゃるわけじゃないですか。逆に言えばいろいろと踏み込まれてうっとうしい。そのへんのまあ、心を許していただくまでのプロセスがまたわくわくするんですよね。 |
| Ganko: |
それ以降は朝ごはんっていうのがひとつのテーマになっていて、世界がどんどん広がっていくんですよね。 |
| 向 笠: |
あの本を書いてみて、いかに自分が日本人の朝ごはんについて、ひいては日本人の食のありようについて、なんにもわかっていなかったかということを思い知ったんですね。それで次は朝ごはんを構成している食材に焦点を絞って、ひとつひとつ現場へ行かなくちゃと! |
| Ganko: |
結果的に、時代を先取りしたテーマになりましたよね。 |
| 向 笠: |
時代の流れがね、たまたま合っていた。スローフードという言葉はまだ日本へ入ってきていなかったんですが、食品の安全性の問題をはじめ、いろんなことがこの10年くらいの間に変わったでしょう。お子さんがアトピーのママのご苦労とか、成人病の問題とか、身内の間で癌になったとか、環境と食べものによって体が左右されるっていう不安が20年前とは比べものにならないくらい起こってきたじゃないですか。どれがほんとに安心して食べられるか、一部の先端的な消費者運動の方だけじゃなくて、誰も思うようになっていった。そういうときに何か、私自身の中でもその方向のテーマに向かっていたのが、時代と重なったんだと思います。共時性というのでしょうか。 |
| Ganko: |
生産者の方に話を聞かなきゃならないというのは、最初からのお考えだったんですか? |
| 向 笠: |
私は、自分でいうのもなんですが、人間に対する興味が強いんですね。フィクションよりも実人生の方が断然面白いなっていう経験を積んできたので、食材のことでも、ごく自然にそういう方向に。 |
| Ganko: |
相手がどういう人かって、最初はわからないじゃないですか。すごい偏屈な人だったらどうしようとか。どうやって生産者の懐に入っていかれるんですか。 |
| 向 笠: |
いろいろありますけど、どういうお宅でも、だいたいお座敷に、一家の歴史が分かるようなものが飾られていたりするじゃないですか。 |
| Ganko: |
白黒の肖像写真とか。 |
| 向 笠: |
そうそう。「これはどなたなんですか?」そんな質問をしているうちに、どんな山奥に入ってもそこは人間同士ですから、親しみが生まれてくる。それからですよね。 |
| Ganko: |
期待はずれだったケースとか、ちょっとイマイチかなと思ったケースもあるでしょうね。 |
| 向 笠: |
でも、高級な懐石料理屋さんやフレンチレストランへの期待して出かけて行って、「なあんだ、この程度」というがっかりとはまったく違います。産地は、鮮度が最高なので素材をいかした料理なら何でも必ずおいしいんですよ。 |
| Ganko: |
そうでしょうね。 |
| 向 笠: |
だから、私はいつも隠れているいいところを探すようにしています。それはどこでも誰にも必ずあるから。 |